バリⅡ日記の独り言

自閉症児3人と親の介護をしながらの楽しいバイクライフ   日々をよりよく生きるための独り言

自閉症の我が子達 2



f:id:yyaa0223:20181224090924j:image

 

 

一人目ができたら二人目はすぐ妊娠した。

 

長男がいつまでたっても言葉を話さず、様子がおかしいのを心配し

 

兄妹ができたら変わるかな、と話していたらすぐできたのだ。

 

長男と違い、おそらく普通の子はこんな感じなんだろうと言う風に育った長女だった。

 

良く笑い、活発でたくましく、ちょっとぐらい兄に踏んづけられたって泣きもしなかった。

 

保育園でも大人しくて手のかからない良い子として安心して預かってもらえたし

 

トイレの自立も早かった。

 

お兄ちゃんがいじめられるとやり返しに行くような

 

そんな強い娘でありました。

 

 


f:id:yyaa0223:20181224090931j:image

 

 

だが思い返してみればおかしなことはたくさんある。

 

私はこの子にママ~、と呼ばれた記憶がない。

 

構おうとするとほっといてくれ、と言わんばかりにそっぽを向いて一人で遊ぶ。

 

小さい子にありがちなママ依存がこれっぽっちも無い子だった。

 

4歳まで言葉を話さなかったけれど、離婚して実家に帰ってからは見違えるようなスピードで言語を習得した。

 

環境の変化にもあっという間に慣れ、転園した保育園では男の子を従えて先頭に立って遊ぶような快活な娘でありました。

 

そう言えば、と言うことは後から思うもので

 

喋れたから良し、て当時は忘れてしまっていた。

 

 


f:id:yyaa0223:20181224090936j:image

 

 

だからこの子がおかしいなどとこれっぽっちも思っていなかった当時の自分を忸怩たる思いで振り返る。

 

中学に進学し、突如として成績が地に落ちた。

 

それもハンパ無い酷い成績しか取れないのだ。

 

何故なんだろう?

 

苦しい母子家庭の生活の中でもどうにか塾に通わせ、マンツーの指導を受けさせた。

 

どんなに悪戦苦闘しても結果は良くならず思い悩んでいたある日、担任の先生に言われたのだ。

 

「もしなんでもなかったらそれでよいのです。一度検査を受けてみては。」

 

このセリフ、いつかも聞いたよね。

 

なんで?

 

ちゃんと言葉も話し、学校に通い、自分のことは自分でできるしっかり者の娘だと思っていたのに。

 

 

学校からの意見書と娘の書いた作文だけを持って長男の主治医の元へ相談に行った。

 

その文章を読んだだけで

 

「あ、お兄ちゃんと同じですね。しかも言語障害がありそうです。」

 

とあっさりと言われた。

 

私はにわかには受け入れられず、精一杯反論してしまった。

 

だって先生、この子はちゃんと会話できるよ。お兄ちゃんとは違う。

 

それでも自閉症なのか、と。

 

 


f:id:yyaa0223:20181224090943j:image




あの当時まだ高機能の自閉症については詳しいことはわかってなかった。

 

恐らく研究も進んではいなかった頃。

 

自閉症とは10000人に4人の確率で生まれる重症のカナータイプの事を指して言うのだと思っていた。

 

しかしすそ野はもっともっと広く、自閉症と言う単体の傾向だけて見てみればその人口は今や100人に3人とか4人とか言う。

 

学校の1学年に何人かいてもおかしくないのだ。

 

当然知的障害が合併していなければ普通の世の中で生きていくしかない。

 

だが検査の結果、娘の知能は境界線であり言語障害を合併していた。

 

いわゆる境界型と言われるもっとも見落とされがちなタイプだ。

 

 

 

喋っているのに言語障害

 

「喋っているからと言って必ずしも正しく言葉を使っているとは限りません。また、話すことができても読む、書くの方向で障害が出る事もあります。」

 

娘は読めなかったのだ。正確に言うと文章を読んで理解することが難しかったのだ。

 

小学校までは何とかなっても、中学の文章問題はもう彼女の理解の範疇を超えてしまっていた。

 

 

3人の中で最も親として認めるまでが苦痛だったのはこの長女だった。

 

そして後悔ばかりが思い返され、わかってやれなかった自分を責めたものだった。

 

 

だが彼女はあっさりとその事実を認め

 

「私お兄ちゃんと同じ世界へ行くね。」

 

と、障碍者枠へ移ることを自分で決定した。

 

泣いている場合ではない。

 

ここからでも最良の道を探してやらなければならない。

 

 

今彼女は大都会の中で立派に正社員として働いている。

 

まずは認める。

 

そこからしか何も始まらないのだ、と

 

私は彼女に教えてもらった。