たまには馬鹿になる
踊るアホに
見るアホ
同じアホなら…
なんて真理に満ちた歌詞だろう
あなたはどっち?
いつもアホで生きていられたら
人生笑いっぱなしで終わるんだろうけど
生きてると背負ってるものがあるから
バカじゃないの?
と
誰かに怒られてしまう(笑)
誰しも怒られるのは嫌だから
踊るアホもずっとはやってられない。
でもずっと傍観者で
人生は楽しいだろうか
一緒に踊れなくて
見ているだけしかできないと
あいつらずっと踊るアホなんだ、と思ってる人も居るみたいで
やはりやっかみ妬みはどす黒く渦巻いてくる。
だがお前ら代わってみろと言いたい。
踊るアホ達の背負ってる悲しみや苦労や絶望を
だからこそ踊りには狂気が宿り
見るだけのアホを魅了するのだ。
楽しむ時は楽しむ
その瞬間、全てを忘れて
踊る事に全力投球できるから
人間は後の重荷をしっかりと背負って歩けるものだ。
悲壮感漂う険しい顔でなく
笑顔で歩ける。
やる時はやる
アホになる時は全力でアホになれば良い。
傍観者だけの人生じゃわからない。
血が沸騰するような狂気の楽しみを
拭っても拭っても消えないDNAに刻まれた本能を
その美しさを
この世に生まれたからには
これっぽっちも見ないで死ぬのは勿体ない。
自分のそんな狂気が何処に潜んでるのか
それは自分にしか見つけられない。
破壊的であってはいけない
破滅的であってはいけない
そこはキラキラと輝く舞台でなければならない。
そして舞台を降りた後の人生まで輝かせてくれる狂気の放出でなければならない。
それこそが馬鹿になる瞬間じゃないだろうか。
それを気持ちよく解放してやる素晴らしい舞台を見つける事ができたなら
後の事はたいがい平和に、平凡に
そんな毎日の繰り返しでも
上手くやり過ごせるものだ。